三松幸雄 × 高橋悠治「道という ―― 音楽、そして」




「道という ― 音楽、そして」
三松幸雄 × 高橋悠治 [*url]
水牛 サイト [*url]   銀座哲学レクチャー サイト [*url]
日時: 2016年12月17日(土) 18:30~20:30 [~21:00 まで延長]


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なぜ。どこへ。どこから。どのように。
いくつもの問い。くりかえされる試み。
切れぎれの道。先は見えない。
それでも、再び、始まりから始めるために。
二つの断片、出典のない引用:


起源はいまここにある。
起源は、
「いま」や「ここ」が顕われる前のいまここにあるもの。
生まれたばかりのこどものように、
まだ目をかたく閉じたままで、
「ここにあるものはなんだろう」


かたるのはわたしではない。
かたられるのはきみではない。
かたられていることはなにか、だれもしらない。




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問答、ディアレクティケーの庭 連句のように転じ、音源を挿みながら 聴こえない音を聴く 誰も知らない道を探して




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馬王堆帛書『老子』に関連する研究書を高橋悠治さんが当日もってきてくれたので、本を掲げて参加者に見せるなどしたが、書誌情報を言っていなかった。
Robert G. Henricks (tr. & commentary), Lao Tzu: Te-Tao Ching, Penguin Random House, 1989.
http://www.randomhousebooks.com/books/78629/




同じ著者による、郭店楚簡『老子』に関する研究書(史的考察・翻訳・註釈):
Idem (tr. & commentary), Lao Tzu's Tao Te Ching, Columbia University Press, 2005.
https://cup.columbia.edu/book/lao-tzus-itao-te-chingi/9780231118163


郭店楚簡のものは現時点で最も古い『老子』の写本。正確には、馬王堆帛書と同様、『老子』という書名もない。




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